ドゥンサムの「湖水魚蛇型」伝承1

ソナム・ワンディの「チャリ・マサン」伝

さて、ギャル・リグの内容の検討に入る前に、もう一つ、別伝を見てみよう。ソナム・ワンディがブータン研究所紀要に発表している“Myth, Legend and History Surrounding Dungsam”である。紹介されることが少ないドゥンサム地方の主要な伝承を複数含んでいるため、いろいろな意味で興味深い論文である。その中に、「湖水魚蛇型」と私が呼ぶ伝承、というよりは、ギャル・リグに記された伝承と非常に近いものが含まれている。

この報告は、注釈によればメメ・ティンレイ(1925-2004)、デキ・ツェワン、カルマ・デンカなどをインフォーマーとしてまとめられており、詳細は示されてはいないものの、ドゥンサム出身者の口承を採取し、整理したものと思われる。現代の口承が、300年前の文献と非常に近いとすれば、それ自体非常に興味深い事実なのだが、おそらく、そういうことではないだろう。というのは、文献資料にゲロン・ガワンの“The Lamp Which Illuminates the Origin of Royal Families, Thimphu (2003) ”が挙げられているからである。この本の実物はまだ入手していないが、題名からいってギャル・リグの英語訳、もしくは抄訳であると見て間違いないだろう。

基本的に口承採取の報告書なのに、歴史文献の内容をそのまま(説明もなく)混ぜるわけがないだろう……という常識はブータンでは通用しない。この例に限らず、現在「言い伝えでは……」という形でブータン人が説明する「伝承」には、歴史的な文献資料の内容がかなり混入しているし、それどころかアリスなど欧米の研究者が英語で発表した研究の内容が紛れ込んでいることも少ないと思われる。こういった傾向は書籍、逆に言えば口承に対する考え方や社会における位置づけが、少なくとも現代の日本とはまったく違うブータンの伝統を十分に考慮した上で慎重に検討する必要があると思うが、まずは、ソナム・ワンディの伝える伝承とギャル・リグの相違点を検討してみよう*[01] 。ただし、これらの相違点が、「タネ本」にあるのか、あるいはソナム・ワンディがインフォーマーからの情報でそれを修正したためかは不明である。また、固有名詞の表記に関する細かい異同は、後ほど個別に検討するとして、基本的にギャル・リグに沿った形とする。

  1. 「メラ・サクテンの人たち」というだけでなく、「ブロクパの」としている。また、デパ・ヤプサンポは「ヤブ・ザンポと呼ばれるデブ」となっている。
  2. 望みを受け入れる天界の紙は帝釈天ではなく、ライ・ジャジン・ワンポ Lhayi Jajin Wangpoとなっている。ただし、派遣されるのが「息子のグセン・ランリン」であり、別名ム・ツアン・ラニャン・チェンポと呼ばれる点は同じ。
  3. ゲセ・ランリンの神域となるのがドゥンツォ・カルマタンである点は同じだが、それが「ペマガツェルの」と説明されている。また、この神がム・ツァン・ラニャン・チェンポと呼ばれるようになったのは、ドゥンツォ・カルマタンに(一時期?)いたためであるという説明が加わっている。
  4. ブロクパがこの神に(具体的に?)どのような助けを得たのかは不明だとしている。
  5. グセ・ランリンがワンセンラを経由してムクルン・ツォに移ったという点はまったく同じだが、彼が「ル」であることを示す説明が複数加わっている。
  6. バルケの母については「シャチョプの」という説明になっており、家系的由来は示されない。逆に彼女の嫁入り先は「カル Khar の王」と具体的になっている。
  7. バルケが通せんぼに遭う湖の名は「ネイ・ツァン・ロン」である。また、この湖の主も、ルであり、ゲセ・ランリンの敵である、つまり並列的な関係であるとしている。
  8. 隠れていた眷属がバルケの頭を割ったのは「銅の柄杓」であり、彼の遍歴は「カルの下手のドノラ・チュ Bronolachhu に始まり、ダンメ・チュ、ションガルのメルパ・チュ Meilpachhu と続き、チャンコイの川(river of Chhankhoi)で終わる。
  9. 火の中に魚の皮(ここでは「ウロコ」となっている)を投げ込んだことに対するバルケの詠嘆や、残りから財宝が現れたというエピソードがない。
  10. 成人したバルケの名は「レパ・トプチェン Repa Tobchhe」であり、その意味は「長髪の巨人」である。また、「チャリ・マサン Chhali Masang」という異名をもつ。
  11. レルパ・トプチェンの活動域が、より詳細に説明され、また、弓の愛好など、彼に関連する伝承がいくつ追加で語られる。ギャル・リグとの主な異同は、チャリとの関係を義父の在所ではなく、妻の在所とする。
  12. 山の開削が死の原因となったという説明は同じだが、そこの智恵の女神(アマ・ジョモと見られる)の介在はなく、むしろ弓に関する彼の特別なこだわりによって理由付けされている。

ギャル・リグと比較した場合、これらの異同は全体として次のような傾向があるといえるのではないだろうか。

  • ストーリーの展開および、各要素間の構造はほぼギャル・リグの説明を踏襲しており、全体としてそれにエピソードや解説を付け加えたものとなっている。逆に言えば、別の伝承の混入は、レルパ・トプチェンの人物像の描写に関するものにほぼ限られる。
  • 追加される情報はほぼドゥンサム地方(ツァンラ語圏)、それもレルパ・トプチェン(=ションガルの王)の本拠地よりもさらに南が中心となっている。逆に、ツォナ、タワン(モン/ダクパ語圏)に関連する情報は追加されていないだけでなく後退している。また、その後のブロクパとグセ・ランリンの関係について、わざわざ言及しているように、そのことが意識されている。
  • 以上のこともあり、伝承全体がギャル・リグのもっていた神統譜的な雰囲気、あるいは神話的な雰囲気から、英雄伝的な雰囲気に変化している。言い換えれば、ドゥンサムの民衆によく知られた地域的英雄「チャリ・マサン伝」が伝承の本質で、その出自や系統などは重要な要素ではない。これが「ドゥンサム化」によるものなのか、「口承化」によるものなのか、あるいは、むしろギャル・リグがその性格上、口承伝説を意図的に神統譜的に整形しようとした結果であることを裏付けるものなのかは、判断が難しい。
  • アリスが採取した口承伝承と比べて、非常にたくさんの固有名詞を含んでおり、また、全体の傾向として後退しているテーマに関する、言い換えれば、伝承の周辺的な要素となってしまった事柄に対しても、比較的よくそれが保存されている。ただし、おそらくこれはソナム・ワンディがギャル・リグに記述されたションガル・ドゥンの伝承をベースとした上で、それを現在のさまざまな口承で色づけしながら、全体としてなるべく一貫性のある伝承として再構成したためだと想像できる。

こう言った傾向は同じ伝承のションガル付近のバリエーション、カリン付近やメラのバリエーションと比較すると、より明確に浮かび上がってくるが、まず、それらの相違点について個別に検討してみよう。

 


  1. 内容がほとんど重複しているため、相違点を指摘する方が早い、ということもある []

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