プンスム・ツォクパを巡って 3

2)英語訳かゾンカ訳か

では、なぜその「プンスム」の英語訳が“harmony”となるのか。「ハーモニー」という言葉には、「異質のものがお互いに影響を与えつつ、新たな価値を生み出すこと」、あるいは、「異質なものが対立を解消し、全体として安定した存在となった状態」といった意味があるのではないだろうか。その意味では、「プンスム」の語義と重なるし、それに宗教的なニュアンスの“Blissful(めでたい)”がつけばさらにそうだろう。ただ、ここまで述べてきたようにプンスムの各要素は、「異質」というより「同質」であるところにこそポイントがあるように思われる。 (さらに…)

プンスム・ツォクパを巡って 2

1)プンスムのゾンカ語義

政党名に限らず、外国語固有名詞の日本語表記に関しては、必ずしも原語の語義を翻訳するとは限らない。外国の政党名の知名度調査をしたら、共産党には及ばずとも、かなり上位に食い込めそうなトーリー党やホイッグ党を「アイルランドの無法者党」とか「スコットランドの反逆者党」と訳したりはしない……というのは冗談だが、本来、固有名詞である政党名は、たとえばその日本支部が日本語表記を発表すれば、それが原語における意味をどこまで反映しているかとは無関係に正式日本語名として採用されるのが通例だ。基本的には「翻訳」の問題ではなく、慣用と当事者の意向の問題である*[01] (さらに…)


  1. 昔はビルマと呼んでいた国をミャンマーと呼ぶようになったのは、そっちの方が正しいからでも現地発音に近いからでもなく、ミャンマー政府がそう呼んでくれと言ってるからであるのと、基本的には同じである。 []

プンスム・ツォクパを巡って 1

先頃発表された諸橋邦彦さんの論文、「ブータン王国2008年国民議会議員選挙とその制度的特徴」は、原語(ゾンカ)表記を示すワイリー表記*[01] が併記されているという点でも興味深い。ブータンの場合、ブータン国内の情報のかなりの部分が(政府資料も含め)英語文書であるという現実があるため、日本国内で発表される報告の多くも英語文書のみを参照していることが多く、そのことによって語義が伝わらなかったり、不正確な表現となることが多いのは事実だ。個人的にも、その中でもいちばん表面的な日本語カタカナ表記の問題に取り組んで来た。論文の内容自体にも、もちろん注目すべき点がたくさんあるのだが、ちょうど明日、ブータン最高峰ガンカル・プンスムについて何人かで集まって話をすることになっているので、まずはそれと関係する「ドゥク・プンスム・ツォクパ」についての諸橋さんの指摘について考えてみたい。 (さらに…)


  1. 正確に言うと、ゾンカのワイリー表記はチベット語のワイリー表記とは完全に一致しないため、「ブータン式拡張ワイリー表記」?。ゾンカでも使用しているチベット文字はアルファベットなどと同じく表音文字なので、その表現する母音や子音をそのまま対応する(発音の近い)アルファベットに置き換えることができる。ただし、表音文字であるアルファベットを使っている英語の綴りが、必ずしも発音と対応していないように、表音文字であるからといって発音をそのまま示しているわけではない。 []