ブータン言語分布図(2)3主流言語

テーマ1:全体的な傾向の意味

現在の言語分布は、概ね西部がゾンカ系、中部がブムタンカ系、東南部がツァンラ系となっているが、いずれもヒマラヤ山脈の北側に起源をもつ言語、あるいはその影響を強く受けた言語であると考えられる。だとすると、この3主要言語はそれぞれ、いつごろ、どのような経路で現在のブータンに入ってきたのか。

今回作成した言語分布図は同系統の言語を同系色で塗り分けています。ブータンの言語事情は「谷ごとに別言語」とさえ言われるほど複雑ですが、このようにしてみると全体的な傾向ははっきりしています。

  1. 西部のゾンカ系、中部のブムタンカ系、東部のツァンラカ系、南部のネパリ系という大まかな分布となっている
  2. ワン・チュ、プナ・ツァン・チュ流域はゾンカ系、マンデ・チュ、ブムタン・チュ(チョコル・チュ)流域、クリ・チュ西岸はブムタンカ系、ダンメ・チュ流域はツァンラカ系であるとも言える
  3. ゾンカ語圏以外に飛び地的にブロカット、チョチャガチャ、ブロックパが分布しているのに対して、ブムタンカ、ツァンラカは飛び地がない。※チャリカは飛び地的に見えるが、実際にはションガル周辺は複数言語混在地であり、飛び地と言えるほどではない。また、ダクパカはツァンラカに分断されているように見えるが、実際には国境で分断されているだけで、言語域としては(タワンを経由して)連続している。
  4. ゾンカ語圏と、ブムタンカ・ツァンラカ圏は概ねブラックマウンテンを東西の境界としており、ブータンの伝統的な東西感覚とも宗教的分布とも一致している。
  5. 4大言語との関係が不明の独立系(在来系?)言語である、ゴンデュビ、ロクプ、およびブムタンカと同じEast Bodishと思われるが飛び抜けて古いと考えられているブラックマウンテン・モンパ語は、いずれも4大言語の境界線近くの比較的標高の低い地域に分布している。
  6. 少数言語が分布しているのは必ずしも僻地ではない。※ゴンドゥビの分布域は現在では僻地といえるが、これは自動車道路以降の状況であり、歴史的にはむしろ東南部の中心地であるションガルやチュンカルと近い。また、ブラックマウンテン・モンパの5村はいずれも深山の中にあるわけではなく、地理的に孤立した場所ではない。逆に僻地であるブラックマウンテン北部、ラウリ、カンパラ、アタン、ハの南部、北部国境沿いには少数言語集団がいない(みつかっていない)。
  7. 単純に面積で見るとゾンカ圏が広いようだが、国土の北側3分の1にはほとんど人が定住していないので、人口比でみると3言語圏はほぼ同じような比率になる。実際に母語話者数の比較ではツァンラが最も多いと考えられている。

20世紀以降に進出が始まったことがはっきりしているネパリ系の集団を別にして、ブータンにはゾンカ系、ブムタンカ系、ツァンラ系の3つの文化圏があり、次第に先住民の言語を飲み込んでいったことは間違いないように思われます。一般に、ツァンラは先住民系の言語であり、チベット語系の言語であるゾンカ、ブムタンカが入ってきたため(といっても1000年以上前)現在のような言語状況になったと説明されることが多いのですが、現在の言語分布からだけではツァンラがチベット語系言語より古くからブータンに分布していたということを明確に示す要素はありません。また、本来のツァンラ語の分布域は周辺言語の歴史的状況を細かく確認していくとむしろ現在より狭く、少なくともシャブドゥン以降拡大しているように見えます。なお、3大言語の中心地は、ゾンカはパロ、ティンプー、ワンデュ・ポダン、ブムタンカはジャカル、ツァンラはペマガツェル北部からモンガル南部にかけてであったと思われます。